《人気コラム》
植田耕二氏著「ハイタク記者半世紀回想録21」

「創業10周年の『心的現"状″論序説』」

2011年11月21日付 第186号掲載

筆者の創業5周年の話から「従順さらざる唯一の業界紙」とある人のブログで評されたこと。そこから白洲次郎の話に跳んでいってしまった。

自慢じゃないが、この仕事を始めて新聞は朝日、毎日、読売、産経、日経、赤旗など6紙ほどとっていた。雑誌は世界、中央公論、前衛、群像、朝日ジャーナル、エコノミストなど主要なものは、本屋さんが定期的に自宅に配送してくれていた。

10年ほど前、自宅の図書整理を、ご近所の京大院生Mクンに依頼して自宅4室に約2万冊を超す書物を収納してもらった。新聞・雑誌類は紙くずとしてトッラク2台分を捨てた。

筆者の自宅を設計した友人の湯川利和氏(奈良女子大教授)は、「オレの大学の図書館に呉れればいいのに。もったいない」と大いに慨嘆した。Mクンの指導教官、京大大学院の竹内洋教授は、この話をMクンから聞いたのか、見も知らない筆者に、自分の著作を署名入りで贈呈してくださった。

多分、丸山真男や吉本隆明の書物なら、なんでも揃っていると言う話を、Mクンから聞かれたに違いない。この間、日経新聞文化欄で“吉本隆明を戦後思想界の巨人”扱いしておられたから、「吉本信者」である筆者は、Mクンに「先生によろしく言っといてね」と言ったきり、礼状すら出していないことを大いに恥じたことだった。

創業5周年を機にトラモンドの前身、交通界の社説で筆者が『新聞編集綱領』作成の話を書いたが、なにやら硬い話になってしまった。ところが創業10周年では巻頭論文で●創立10周年に寄せて/ぼくの『心的現“状”論序説』という柔らかい文章を書いている。

新聞を10年にわたって支えてもらった読者への感謝の気持ちを述べたものだ。5周年の社説と違い、くだけた調子で書いている。タイトルは、吉本隆明の主著3部作の一つ、『心的現象論序説』のもじり表現だ。この論文は、吉本の個人誌『試行』に連載されていた60年代から読んでいたものである。

この難解な論文に比し、筆者の文章は「ボクのような気まぐれな者に10年にわたって生活の糧を与え続けてくれた(中略)読者に素直に感謝せねばなるまい。ありがたいことだ。この感謝は黙って天を仰いですべきものではなく、直接読者に向かってすべきものであろう」と、柔らかい言葉で素直に読者に感謝を述べている。

最後に「パンを求める読者にはパンを与えるようにせねばなるまい。失敗はなるだけやらぬように努めよう」と書き、最後に合掌という言葉で結んでいる。5年の歳月で筆者が大きく変わっていることが解る文章ではないか。(以下次号に続く)