大阪メーター製造が破産手続申請
各地ユーザーから「なぜ?」の声
負債総額は5億6000万円余り

(2014年9月11日付・『旬刊トラポルト九州』第13号より)

【大阪】大阪メーター製造株式会社(小川正彦社長、大阪府寝屋川市松屋町13−5)は9月1日午後5時、大阪地方裁判所において、破産手続きの開始決定を受けた。

  破産管財人には、畑山和幸弁護士(〒530−0047大阪市北区西天満5丁目9番7号 西天満ユートピアビル 電話06−6130−7786)が選任された。申請時点の負債額は5億6795万円。

  同社は以前、会社更生法を申請し、その後立ち直り頑張っていたが、タクシー業界の不況で販売不振に陥り行き詰まった。リーマン・ショックの前には8億円台の売上高があったが、直近では2億円台にまで落ちていた。

  モータリゼーションの発達とタクシー業界の長引く不況、減車政策などが主な要因だが、タクシー業界における製品販売の頭打ちを予見し、逸早く警察庁など関係省庁への入札でパーキングメーターや運輸行政管轄のメーター検査場が発注するハイテク技術を駆使したローラー式検査機の製造を手掛け、徐々に経営の比重をそちらに移していった。

  早くから販売店を持たずに製造業に徹していたため、経費軽減化に成功し順調に推移しているかに見えていた。

  しかし、タクシー規制緩和でそれまで2、3年に1回、定期的にあった運賃改定によるメーター改造の手数料収入等はなくなり、仮に運賃改定があっても次にいつあるか分からないという、タクシーメーター会社には漆黒の時代が到来する。しかも、計量法の規制緩和でこれまで専門技術者により厳重に行われてきたメーター改造は、IT技術の発達とともにチップ交換だけですむようになり、売上減少に追い打ちをかける。

  国内で数社あるタクシーメーター専業会社は淘汰の時代に突入した。大阪メーター製造は創業90年近い、現存するタクシーメーター会社では最も古いとされる老舗会社だった。

  大阪メーター製造は創業以来、社是とも言える「先取の気風」があり、ゼンマイ式タクシーメーターの製造を皮切りに売上を伸ばし、第二次世界大戦中は国策に供する戦時協力会社だったこともあった。戦後は一時、自動車メーカー進出を視野に入れ、欧州を視察したこともあった。

  技術力には定評があり、「壊れにくい技術の大阪メーター製造」を売りに、リーズナブルな価格で地歩を築き、東南アジアやアラブ諸国に輸出した時代もあった。

  また「大阪メーター製造」という社名とは裏腹に、東京を中心にした東日本方面でシェアを伸ばした。

  しかし、前回も会社更生法を申請せざるをえない状況となり、寝屋川の本社工場以外に、隣接した土地一帯に工場や関連施設をもっていたが、それらを売却処分。現在は高層マンションになっている。

  全力で会社再建に傾注してきたにもかかわらず、最後の社長となった小川氏は前年度までタクシーメーター工業会の会長を務めていた。