老舗の京聯自動車が廃業 破算申立
戦前から続いた78年の歴史を閉じる
年金機構 2年で全額返済譲らず

(2015年9月1日付・第341号)

【京都】京聯自動車(武田義裕社長、京都市南区)が再建を断念し、8月28日の営業をもって廃業した。同社は28日付で京都地方裁判所に破産申立を行い、31日に財産保全命令を受けた。京都地裁が指定した管財人は、あしだ綜合法律事務所の伊藤知之弁護士。

  同社は28日付で全従業員を解雇し、翌29日に賃金等を支払い、所定の手続きを行った。京都では今年に入り、中堅会社の明星自動車が廃業しており、同社の廃業は2月の明星自動車に次いで今年2社目。

  同社は1938年5月戦時統合で設立された老舗。創業家が経営していた当時に発生した社会保険等の未払い(延滞金含め2億円余り)や京都中央信用金庫からの借財(元金約4億円)の返済目途が立たなかったことなどで約10億円の債務が生じ、3月31日付で民事再生法を適用申請。6月2日に再生手続きの開始が決定されたが、最終的に再生計画は無理と判断した。

  同社には苦難の歴史がある。2004(平成16年)、当時はグループ会社の一員を構成していたが、バス事業を行っていた本体の京都交通が会社更生法適用申請を行うに至った。タクシー事業の京聯自動車が残り、翌2005(平成17)年、当時も社会保険料約1億5千万円を滞納していたほか、RCC扱いの債務があったが、RCCは最終的に債権放棄し、京都中央信用金庫から約4億円の融資を受け、そこから社会保険料滞納分を支払った。ただし、裁判所は川本家が経営から手を引くことを条件とした。 このため、経営権は川本家から労組委員長経験者の故・横山末松氏に移った。当時、資本金は1株1円で取引されたという。現在、一部で旧経営陣の借財を横山氏が引き継いだということが言われるが、川本家側はこのことを全面的に否定している。

  川本家側は、中信から融資分約4億円はその後、横山氏を社長とする京聯自動車が返済することになったが、延滞金を含め2億円余りとされる社会保険滞納分については、その後の新経営陣がつくった借金と主張している。

  最終的には資本金6000万円のうち7割が労組保有となっていた。自交総連に加盟する同労組は有力労組だった明星自動車労組が会社廃業に伴い解散した後には、京都の自交最後の砦として再建に協力してきた。保有車両数は194両、運転者数は160人。最後の社長となった武田氏も労組出身。